昼にも本格的なカクテルを!
神楽坂から始まるバー進化論。
<前編>

PICK UPピックアップ

昼にも本格的なカクテルを!
神楽坂から始まるバー進化論。
<前編>

#Pick up

新橋清さん(サンルーカル・バー) by「サンルーカル・バー」

働きかた、暮らしかたが多様化する現代にあってバーの有り様も時代に則して変化している。今月はどりぷらが注目する「昼×オーセンティック・バー」というスタイルを、神楽坂の名店からご紹介。

文:Ryoko Kuraishi

ウッドのファサードから陽光が差し込む明るい店内。女性一人でも気軽に入れる雰囲気だ。

明治時代に「山の手銀座」と呼ばれ、大いに栄えた神楽坂。
戦前は花街として賑わいを見せたが、その特有の入り組んだ路地が独特の風情を醸し出す。


古典芸能や花柳界の文化を受け継ぐ「お江戸の街」神楽坂は、フレンチ・レストランや料亭が集う美食の街としても知られている。
そんな飲食文化の隆盛を受けて、正統派のバーも次々と誕生。
いまや「バー激戦区」として知られる神楽坂に、とりぷらが注目する未来のバーの有り様が生まれ、根づいているのだ。


今回ご登場いただくのは、「サンルーカル・バー」の新橋清さん。
資生堂「ロオジエ」、そして銀座の名店「テンダー」と、長らく上田和男さんの右腕として活躍された後、2010年6月に自らのバー「サンルーカル・バー」をオープンした。
その斬新なスタイルをこのコーナーでご紹介したく、新橋さんには兼ねてからラブコールを送っていたのだが、ついに今月、ご登場いただけることとなった。

いわゆる「神楽坂」の起点となる、早稲田通りと外堀通りの交差点「神楽坂下」。神楽坂巡りはここからはじめよう。

さて、このバーのスタイルを「斬新」と表したのは、正統派のバーでありながら午後2時から営業しているから。
最近、夕方早めにオープンするバーが増えてきたが、午後2時と言えばランチで賑わう時間帯である。
この時間帯に出かけても、夜の営業と少しも変わらないオーセンティックな雰囲気の中で極上の一杯が楽しめるのだ。
そして、どの時間帯に足を運んでも賑わっているのである。


以前、このコーナーでご紹介した福西英三先生も「ライフスタイルが多様化する現代にあって、バーもそうしたライフスタイルに寄り添う形態の店舗がより増えてくるだろう。
そのカギのひとつが定年を迎えた世代や女性、そして自営業者なども足を運べる、昼間から飲めるバーである」と言及されておられた。


早速、新橋さんに昼飲みの醍醐味を教えていただこう。


「週末のランチタイムにシャンパンを飲む人は想像できるが、平日の2時から一体誰がバーに足を運ぶの?そんな風に尋ねられることもしばしばですよ」と温和に笑う新橋さん。
時間は午後2時。木のファサードから陽光が差し込む店内は、いわゆる「オーセンティック・バー」の印象を裏切る明るい空間だ。


「シンプルに『お酒を楽しむ』というコンセプトで考えれば、自分たちのような業態(バー)だから夜でなければいけない、とは思いませんでした。
たとえば蕎麦屋やワインバー、立ち飲み屋、あるいはホテルのバーは昼から営業していますから。
街場のバーであっても早い時間から開けていれば、早くから飲みたい人もいるかな?くらいの気持ちだったんです」

新橋さんのおすすめは、口あたりのいい「シェリー・ソニック」(¥1100)。ランチあとにもぴったりの爽やかさだ。

「早い時間から開いているバー」というコンセプトはマーケティングやリサーチの結果などではなく、長いバーテンダー人生においていつか自分の店を持つ際は、「早い時間に開けて早い時間に閉める」店がいいと思っていたそうだ。


閉店は24時。
さっと一杯いただいて、電車で帰れる時間である。
明け方近くまで飲めるバーも必要だが、明日の励みになるような飲みかたを提案してくれる店は、毎日の生活にぴたりと寄り添ってくれるはずだ。


「日本では食前酒の習慣がないと言われていますが、想像以上に食前酒を嗜まれる方は多いんですね。
2時から開けてみるようになって、初めて理解しました」


ランチを楽しんだあとに軽いカクテルを一杯。
あるいはディナーの前に食前酒、そして夕食後にもう少し重めの酒を。
界隈には飲食の名店が多いから、それに助けてもらっていると話す。
うまい食があり酒がある。
街として人を呼び込めるのは神楽坂という街の強みだ。


東西線沿いに暮らす新橋さん、そもそも神楽坂を選んだのは、もともとこの街が好きだったから、とか。
「オフィス街が近くて飲食店も多く、かといって住宅街も共存しています。
穏やかな空気が流れていて、小規模でも個人オーナーの素敵なお店が多い、そんな街でやりたいと思っていました。
立地としても山手線の内側であり大手町や茅場町、九段下などターミナル駅にもアクセスしやすい。
24時に閉めるために、そうした立地の便のよさも重視しました」

神楽坂のランドマーク、毘沙門天善國寺の藤棚は今が見頃。朱色の本堂とのコントラストも美しい。

そんなサンルーカルで昼間からカクテルを嗜むなら、ジントニックやジンリッキー、シェリーソニックを。
午後の日差しが心地いい店内では喉越しがよくてすっきり飲めるカクテルがよく似合う。


ジントニックや水割りなど、手を加える回数が少なければ少ないほどやりがいを感じるという新橋さん。
水割りで言うならグラスの大きさ、ウイスキーのセレクト、水、氷とウイスキーのバランス、ステアの長さ…….
シンプルなれど、考えるポイントはいくつもある。
モノ作りにこそやりがいを感じるという新橋さん、そうしたプロセスで派生する「考えること」が大好きなのだ。


「ウイスキーと水と氷だけでストレート以外の楽しみを提供しなくてはなりません。
お客さまの好みを把握し、今日の気分や体調を慮りながら一杯を作る。
それがぴたっとはまったときに、えも言われぬ喜びを覚えます。
だからシンプルなものが好きなんでしょう」


バーテンディングにおける「常に考えながら仕事をする」という姿勢は、師匠である上田さんから学んだという。
次の目標を目指し精進しながらも、そこに到達するプロセスにおいて足下を見直すことを忘れない。
技術と感性を磨き、知識を増やし、人の心に訴えかけるモノを作る。
居心地のいいおもてなしをする。
そうした表舞台を支えるために、掃除や事務作業など裏方の仕事も全力でこなす。
上田さんのスタイルはここ、神楽坂でもきちんと受け継がれている。
「『もっと、もっと』を常に考えながらやる。
これでいいやと思ったら、そこでおしまいですから」

古都の千本格子を思わせるウッドのファサードが、神楽坂らしいはんなりしたムードを醸し出す。

そうした限りなくミニマルな一杯を提供する過程においては、コミュニケーションが重要となる。
そのために新橋さんが心を配るのは、安心して寛いでもらえる環境を提供することだ。
会話の内容もしかり、店内のムードも同様。
木目×自然光の和み空間は、こんな思いから生まれたものらしい。


いま時点の目標は、毎日決まった時間に店をあけてきちんと営業すること。
「この街と素敵なお客さまに助けてもらいながら、ここで少しずつ時間を積み重ねているところです」と、あくまで謙虚な新橋さん。


サンルーカルとはスペイン、アンダルシア地方にある港町サンルーカル・デ・パラメダから名付けた。
シェリーの名酒「マンサニージャ」の産地であるが、歴史的に重要な港町としての側面に惹かれて名付けたそうだ。
船が帰港する港のように、人々が立寄り、また希望を持って出発できる「港」のような場所でありたい、と。


神楽坂の「港」ができてもうすぐ丸3年。
「人生の流れを無理に変えたくない。日々できることを、謙虚に積み重ねていくだけ」という新橋さんのスタイルは、時代に合わせて少しずつ様相を変えてきた神楽坂の佇まいにぴったりリンクするようだ。
多くの人に安らぎをもたらすサンルーカルは、この街の文化のひとつとして着実に根を張りつつある。


後編では神楽坂のもう一つの名店、「バー歯車」をご紹介。
同じ界隈に根ざしながらも、「サンルーカル・バー」とは趣もムードも異なる「バー歯車」、店主の濱本義人さんが提案する昼飲みスタイルに乞うご期待!

SHOP INFORMATION

サンルーカル・バー
東京都新宿区神楽坂6-43 ケイズプレイス102
TEL:03-6228-1232
URL:http://www.sanlucar.jp/

SPECIAL FEATURE特別取材