信州の古都、松本が
「BARの街」と呼ばれるまで。
<前編>

PICK UPピックアップ

信州の古都、松本が
「BARの街」と呼ばれるまで。
<前編>

#Pick up

林 幸一さん by「MAIN BAR COAT」

人口20万人の街に20軒近くのバーがひしめく松本を、「バーの街」と言わしめるべく活躍してきたバーテンダーたちがいる。今回はその一人にインタビュー。正統派のバー文化はいかにして松本に育まれたのか。

文:

松本を心から愛する林幸一さん。林さんのもとで修行をし、巣立っていたバーテンダーも少なくない。

国宝・松本城を中心に城下町として栄えた松本。
現在は「クラフトフェアまつもと」や「工芸の五月」といった取り組みにより、職人が育んだ民芸にも注目が集まり、「クラフトの街」としても知られている。
そしていつの頃からだろうか、松本は「バーの街」としても知られるようになった。


カジュアルな居酒屋しかなかった松本に、オーセンティックなバー文化をもたらした功労者の一人が「MAIN BAR COAT」のオーナーバーテンダー林幸一さんだ。
市の中心部を流れ、松本城の外堀としても機能していた女鳥羽川にほど近い、白塗りの土蔵。
この2階に「MAIN BAR COAT」はある。


土蔵の奥の小さなドアを開けて階段を上ると、木の温もりが心地いい空間が現れる。
一脚一脚、表情の異なるアンティークの木の椅子。
飴色に輝く、一枚木の無垢材のカウンター。
バックバーにずらりと並ぶのは、300種を超えるモルトウイスキー。
小さな窓から松本の市街を望むさまは、まるでどこかの山小屋にいるかのようだ。
そうそう、松本は穂高や乗鞍など日本屈指の山々の玄関口でもあるのだった。
「MAIN BAR COAT」はこんなバーである。

すべて本物にこだわった、店内のしつらえ。あちこちに飾られたアンティークの什器も美しい。

オーナーバーテンダーの林幸一さんは松本出身。
若かった頃、旅先で訪れた海外のホテルのバーで素晴らしいホスピタリティを体験、バーの魅力にはまったとか。
その後ホテルに入社したのも、そうしたホスピタリティの忘れ難い思い出があったからだ。
「誰かに喜んでもらえるなんて素晴らしい職業だと思いました。
ホテルマンとしてそういう接客ができたら最高だろうな、と」


最初に配属されたのが、北海道のホテルのメインバー。
「北海道は海外からのお客様も多いですから、とてもインターナショナルな雰囲気のバーでした。
ホテルのメインバーですから重厚なムードで、ピアノの生演奏があって。
外国人スタッフとも一緒に働けて、いい経験になりましたね」


ホテルの中にあってもバーの接客は独特だ。
カウンター越しに対面のサービス。
バーテンダーと会話を楽しみたい、静かにお酒を味わいたい、気分転換をして帰りたい……
おいしいカクテルを作ることはもちろん、相手によって接し方も変えなくてはならない。
その人のニーズを瞬時に察し、それ以上のものを提供すること。
バーの世界を垣間みて、そこで問われる最高のホスピタリティと空間が醸し出す独特の雰囲気、そして豊かなストーリーのあるお酒の世界にすっかり魅せられた。
「バーで働き始めてすぐに、これを一生の仕事にしていこうと思いました。
いずれは故郷の松本で、オーセンティックなバーを開業しよう、と」

林さんがこだわるのはスタンダードカクテルだ。「流行りは好きではありません、いつか廃れてしまうから。カクテルは複雑さよりもバランス。そのバランスに集中して作り上げていきたい」。ドライマティーニ¥800

北海道で10年修行したのち、故郷に戻る。
今でこそ「バーの街」と言われているが、当時はカジュアルな居酒屋こそあれ、大人がゆっくり飲めるバーは松本にはほとんどなかったらしい。
「そもそもオーセンティックなバー自体が浸透していないような状態でした。
首都圏で開業したほうがいいんじゃない?とアドバイスしてくださる方もいらっしゃいましたが、自分が理想とする店作りとバーサービスを積み重ねていけば、いつか必ず評価される。
そんな自信はあったんです」
98年、MAIN BAR COAT開店。


松本で作りたかったのは「店」だけではない。
オーセンティックなバーの世界こそ、林さんが松本のコミュニティに根づかせたかったものなのかもしれない。
同世代のバーテンダー仲間と勉強会を開いたり、さまざまな取り組みを考えてみたり、新たなバー文化を自分たちの手で作り上げようと奔走していた。


技を磨くため、カクテル大会にも積極的に出場していた。
「MAIN BAR COAT」オープン前の96年には「ビフィーターインターナショナルコンペティション」、ロンドン大会で4位入賞。
2001年には「全国バーテンダー技能競技大会」にて見事、総合優勝。
翌年、スロヴェニアで開催されたI.B.A.主宰の世界大会にも出場する。
「『ビフィーター〜』のあとは、それはもう狂ったように練習しました。
生来の負けず嫌いもありますが、地方都市のバーテンダーだってやればできるんだってことを同郷の若手バーテンダーにわかってもらいたい、そんな気持ちもありました」

パブ「「OLD ROCK」も本場のアンティークにこだわった。よりプライベート感の漂う2階席、3階席もあり。

こうして自らの技を磨きつつ、地域コミュニティの一員としていかに地元に根づいていくかを考えた時、バーテンダー同士の間で「バーの街」という構想が生まれる。


2000年ごろから松本では本格的なバーの開店が相次いで、バー・カルチャーのベースが育まれつつあった。
そんな流れの中で生まれた「バーの街」というアイデア。


そもそもこの考えは、バーテンダーとして社会貢献をしていきたいと有志で始めたチャリティパーティがきっかけだったそうだ。
「7、8年前に始め、現在も2年に一度ほど開催しています。
チャリティですから参加もあくまで『有志』なんですが、それでも400人近くの方が集まってくださいました」
パーティは毎回、趣向を凝らしたテーマが掲げられる。
たとえばある年は「アンタッチャブル・ナイト」。
禁酒法の時代のNYを意識し、会場入り口には屈強なボディガードを立たせ、参加者は帽子を被ってドレスアップし、ジャズのライブで大いに盛り上がったとか。
「こうした取り組みの成功がきっかけで『バーの街』として松本を盛り上げていこう、バーテンダーみんなでそんな思いを新たにしました」


こうした熱い想いを抱くバーテンダーたちの手により、松本には独自の文化が形成されていく。


後編に続く。

SHOP INFORMATION

MAIN BAR COAT
長野県松本市中央2-3-5
ミワビル2F
TEL:0263-34-7133
URL:http://mainbarcoat.com/

SPECIAL FEATURE特別取材