最高のコーヒー体験を伝えたい!
No.1女性バリスタ登場。<前編>

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最高のコーヒー体験を伝えたい!
No.1女性バリスタ登場。<前編>

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鈴木樹さん by「丸山珈琲尾山台店」

コーヒーとアルコール。扱う素材は異なれど、バーテンダーと共通点の多いバリスタが今月の主役。バーテンダーとバリスタのコラボレーションを見据え、世界一のバリスタを目指す鈴木樹さんに登場いただこう。

文:Ryoko Kuraishi

6月に行われたWBC2012のトロフィーを掲げる鈴木さん。

最近、第一線で活躍するバーテンダーからよく聞かれる言葉が、「地域社会におけるバーの有り様」あるいは「コミュニティとしてのバーの役割」だ。
たとえば地元密着型バーを目指してスペインのバルのような店作りを目指すバーオーナー、あるいは、バーをハブに地方とも密接に絡んだ多角的プロジェクトの未来図を描くオーナーバーテンダー、などなど。


そんな「コミュニティ」として根づくバーのあり方を考えた時、指摘されるのがバリスタとのパートナーシップだ。
なぜバリスタなのか。
それはもちろんカクテルを作るうえでのインスピレーションのひらめきという意味もあるだろうがむしろ、バーという場をコミュニティの観点から見渡してみたときに必要な存在になり得ると考えられる。
海外のバールでは一杯のエスプレッソも、カクテルも、同じ場にて提供される。
だからこそバールは地元に根づき、一つの「コミュニティ」として性別、年代、職業もさまざまな人に愛されるのだろう。


そもそも、バールにおけるバリスタとはバーテンダーと同様、バール全体のホスピタリティを担うプロフェッショナルのこと。
バーテンダーとの親和性は自ずと高いと考えられる。
バーの未来を考えた時、バーテンダーとバリスタのコラボレーションは果たして生まれるのだろうか。
今回は世界の舞台で活躍するバリスタをフィーチャー、知られざるバリスタとコーヒーの、味わい深い世界をご紹介しよう。

各国のジャッジを相手にパフォーマンスを行う。ジャッジの楽しそうな表情が印象的!

バリスタの全国大会である「ジャパン バリスタ チャンピオンシップ(以下JBC)」。
このコンテストで優勝すると世界一のバリスタを決める「ワールド バリスタ チャンピオンシップ(以下WBC)」への出場権を得られる。


昨年9月に行われたJBC2011には日本全国から地方予選を勝ち抜いたバリスタが参加、WBCに向けてたった一つの席を争った。
この大会で優勝を収めたのが丸山珈琲に勤務する鈴木樹さんである。
バリスタ歴5年、まだ28歳でありながら2年連続優勝(大会史上初!)を決めた女性バリスタなのだ。


日本においてはコーヒーに特化した意味合いで語られることが多いバリスタ。
だが前述したように、海外のバールでは日中はエスプレッソ、夜はアルコールをサーブすることが多いため、コーヒーに加えてアルコールやカクテルの知識、技術も要される。
バールという空間におけるホスピタリティはもちろんのことだ。
いずれにせよ、バリスタとはただ「エスプレッソを抽出する人」ではなく、知識と技術と経験で、コーヒーとそれにまつわる文化を伝えるプロフェッショナルといえるだろう。


今年6月にウィーンで開催されたWBCにて、世界54カ国からトップバリスタとともに見事なパフォーマンスを披露した鈴木さん。
昨年から一つ順位を上げ、4位入賞を果たした。
準決勝に駒を進めた女性バリスタは鈴木さんただ一人とあって、会場は多いに盛り上がったのだ。


それではこの夏の鈴木さんのチャレンジを振り返ってみよう。
WBC、そして2002年より開催されているJBCともルールは同じ。
エスプレッソを通じた評価が基本となる。
エスプレッソ、カプチーノ、オリジナルドリンクである「シグネチャードリンク」の3種のドリンクを制限時間内に提供しなくてはならない。


さて、国内外に関わらずバリスタの大会で問われるのは技術や独創性はもちろん、そのバリスタなりの「コーヒー体験」なのだという。
世界大会ともなればコーヒーの味はよく、バリスタの技術は高くて当たり前。
その先に求められるのは「15分という制限時間に込められたストーリー」なのである。

セミファイナルでの審査風景。中央にあるのがシグネチャードリンクだ。鈴木さんはこのステージをトップで通過した

「大会では15分という制限時間内でエスプレッソ、カプチーノ、オリジナルドリンクを4杯ずつ、計12杯作ります。
こだわったのは、制限時間を通じて12杯のドリンク以上の『コーヒー体験』をジャッジの皆さんに味わってもらうこと。
コーヒーを飲んで感動したり、知識を共有したり、ジャッジ=お客様の気持ちを揺さぶるような体験を演出できるよう、パフォーマンスの内容を考えました」


WBCの審査員は全部で7人。
審査員長の下にテクニカルジャッジが2人、味覚や官能を評価するセンサリージャッジ4名がおり、技術、味覚、そしてプレゼンテーションをジャッジする。


今回、鈴木さんが大会で伝えたいと思った「コーヒー体験」は、ニカラグアはリモンシージョ農園・パカマラ種のナチュラルプロセス豆の物語だ。
ナチュラルプロセスとは収穫したコーヒーチェリーを天日で乾燥させてから、果肉を取り除き種子(豆)を取り出す方式のこと。
天日乾燥させることで果肉に含まれた糖分が増し、特有の深みやコクが生まれると言われている。


「ナチュラルプロセスのコーヒーはイチゴジャム、あるいはワインのような独特の風味が苦手で、個人的には敬遠していました。
あるとき、生産国からオーナーが持ち帰った豆を試す機会があったのですが、それがパカマラのナチュラルプロセスだったんです。
その味わいがクリーンで、香りも何ともいえずエレガントで、今までのナチュラルプロセスへの思い込みを一変させられました。
今年のWBCのプレゼンテーションは、この体験が基になっています」

ナチュラルプロセスの豆に惚れ込んで訪れた、ニカラグア・リモンシージョ農園。女性の生産者と初めて出会った。

どうしてこんな素晴らしいナチュラルプロセスコーヒーが生まれたのだろうか。
鈴木さんは3月にニカラグアまで足を運び、農園を訪れた。
スタッフも多く大規模な農園だったが、そこで働く一人一人の志の高さに大いに感銘を受けたという。
何より心を動かされたのは、彼らを統率する女性オーナーのリーダーシップ、手腕、コーヒーチェリーへの深い愛情だった。


「はじめて女性の生産者に出会ったのですが、彼女のコーヒーに対する愛情や農園運営の姿勢に感動しました。
雨が降ったら夜中でもカバーを掛けに行くんです。
まるで子どもを育てるように細やかな気遣いでもってコーヒーに接している。
そしてそんな彼女に感化され、スタッフ全員が高い理想とプロ意識を持っている。
一つのコーヒーを作るためにこれだけの人々が携わっているんだということを知り、この感動をWBCでジャッジのみなさんと共有したいと思いました」


この「コーヒー体験」をいかにプレゼンテーションするか。
「ジャッジのみなさんに作業の一部を実際に体験していただき、一緒に一杯のドリンクを作り上げる、というプレゼンテーションを考えてみました」


まず審査員のために用意した小さな天日干しの作業台にナチュラルプロセスの豆を並べ、その中からジャッジに3粒、豆を選んでもらう。
そしてナチュラルプロセスの作業工程と同様、均一に乾燥させるために小さな鍬を使ってジャッジに撹拌してもらった。

もともとラテアートに魅了されてバリスタの道を選んだ鈴木さん。「ラテアートは若い人にはかないません(笑)」と言いながら、見事な手さばき。

「大会を忘れて楽しめた」「もっと長く作業をやりたかった」など、ジャッジにも好評だったこのプレゼンテーション。
15分という短い持ち時間を、いかにジャッジに楽しんでもらえるか。
楽しんでもらうだけでなく、自分が選んだコーヒーへの理解を少しでも深めてもらいたい。
そしてもちろん、自分がニカラグアで感動した体験を共有したい!
そんな鈴木さんの気持ちを素直に表現したパフォーマンスだった。


ちなみに課題の一つ「シグネチャービバレッジ」では、ローズヒップのお茶とハチミツをエスプレッソと合わせた。
農園を訪れた際、天日干ししているチェリーからローズヒップのような甘酸っぱい香りが漂っていたことが印象的だったから。
天日干ししただけの、脱穀する前のコーヒーの香りを審査員にも味わってもらいたかったのだ。
「ローズヒップが香るコーヒー風味のドリンクを飲んだ人が、実際にニカラグアの農園を旅しているような気持ちになってほしくって」と鈴木さん。


このように、バリスタがプレゼンテーションで問われるのは、「どうしてこの豆を使ったのか」「このコーヒーで何を表現したいのか」。
ただ「おいしいから」「この製法が注目されているから」では通用しない。
鈴木さんいわく、「ドリンクは手段でしかない」からだ。
一杯のドリンクを作るにあたってどんな物語を披露するのか。
バリスタ自身の感動があって始めて、ジャッジに対するプレゼンテーションが成立するのだ。


後編へ続く。

SHOP INFORMATION

丸山珈琲尾山台店
東京都世田谷区尾山台3-31-1 尾山台ガーディアン101
TEL:03-6805-9975
URL:http://www.maruyamacoffee.com/

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