万華鏡? 光を呑む!
古くて新しい、江戸切子の魅力。
<前編>

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堀口徹さん by「堀口切子」

粋をこよなく愛する江戸っ子によって育まれた伝統の技、江戸切子。精緻な文様が刻まれたガラスのうつわでいただくお酒の味は最高だとか。今回は江戸切子の若き職人、堀口徹さんを江東区の工房に訪ねた。

文:Kuraishi Ryoko

写りこみも美しい、江戸切子の精緻なカットワーク。Photos by Tetsuya Yamamoto

今からおよそ180年前、江戸に生まれた伝統工芸、それが江戸切子だ。

ガラスの表面に刻まれた文様がいかに精密か、いかに立体的か、精度の高い技を競い合う。

工房は墨田区、江戸川区、江東区を中心に密集しているが、それはその昔、原料や燃料をコストの安い
だるま船を使い輸送していた名残なのだとか。

江戸切子の老舗、堀口硝子の流れを汲みながらも、切子の新たな表現に切磋琢磨する職人がいる。
三代目秀石、堀口徹さんがその人だ。

下町で生まれ育った生粋の江戸っ子。実家が営む堀口硝子で、職人たちの背中を見て育った。

「祖父、初代秀石は10のときからガラスを切っていたという根っからの職人。
実家とはいえ、祖父や職人が働く工場には足を踏み入れたことがありませんでした」

堀口切子の作業場。築30年の建物内で、職人たちが行程ごとに作業を進めていく。

意識していた訳ではないと言うけれど、子供心にそこは、侵さざるべき領域だったのかもしれない。

そういう堀口少年も生まれつき手先が器用で、将来は漠然と「江戸切子でも宮大工でもいい、
ものづくりで身を成したい」と考えていた。

大学卒業後、初代のいちばん弟子であった二代目秀石(須田富雄氏、江東区無形文化財)に師事。

「二代目は祖父と同じくらいの年代ですし、とにかく優しい、温厚な性格で。
怒られた記憶がありません。
祖父は、俗にいう昔気質の職人だったそうですから、誉められて育つタイプの自分にとって、
二代目は素晴らしい師匠でした」

弟子入り6年目にして、江戸切子新作展で組合理事長賞を受賞するなど頭角を現した堀口青年は、一昨年、三代目秀石を継承した。

ガラスをカットするカッチング(人工砥石)。径の大きさ、幅の広さ、山の角度によって数百種類もあり、細工、品物にあわせて適したものを使い分ける。

ところで、江戸切子とはそもそもどんなものなのだろう。

「切子とはカットガラスのこと。
そのなかで特に江戸切子という場合は、
1ガラス製である
2手作りである
3江戸(東京)近郊で作られている
4主に回転道具を用いて加工されている
以上の条件を満たすもの、とされています」

江戸切子の創業は1834年に遡る。時は江戸時代末期、江戸大伝馬町。

加賀屋九兵衛が金剛砂を使ってガラス表面に模様を彫刻しようと工夫したのが江戸切子のはじまりだと
言われている。

「つまり当初の江戸切子は舶来品の影響色濃い工芸品だったと思うんですよね。
新しいものを好む江戸っ子だからこそ、舶来のスタイルを取り入れた江戸なりのガラス工芸を
愛したのではないでしょうか」

きりりとした瑠璃が美しいぐい呑み。この中をのぞいてみると……。

事実、同時期の優れたガラス工芸として並び称される薩摩切子は、薩摩藩主の手厚い保護のもと、
観賞用の作品を数多く製作していた。

それに対し、あくまでも庶民が日常使いする美しいうつわとして愛されてきたのが江戸切子である。

「江戸切子ではより緻密に、より正確に刻んだ文様が尊ばれます。
ということは、江戸切子において正確な仕事が維持できなくなれば、認められなくなるのが常識です。
他の伝統工芸におけるような『味がある』、あるいは『いい具合に枯れてきた』という表現を聞くことは、
まずありません」

堀口さんは考えた。
それでは自分の切子には、あじや枯れ、わびさびという領域は果たして存在しないのだろうか。

いや、そんなことはない。ぜったいにあるはずだ。

古巣である堀口硝子を独立して創業した堀口切子のモノ作りには、こうした新しい考え方が
いかんなく発揮されている。
通常の切子ではガラス表面に割り出しという下書きの線を描いて、それをベースに切っていくが、
あえてランダムに切っていく。
頼りにするのは下書きに引いたラインではなく、あくまでも自分の感覚。

「人の感性に問いかけるような加工法があるのなら、それを30年、40年と続けたときにどうなるのか。
もしかしたら『味』や『枯れた』といわれる境地に達するのではないか。
そんな思いで取り組んでいます」


江戸切子は他の伝統工芸に比べると歴史は浅い。
その歴史の浅さが可能にする面白さもあるという。

「他の伝統工芸の手法や様式を、いい具合にとりこんでいます。
たとえば、文様。
江戸切子の伝統的な文様の多くが、他の工芸品でよく使われるモチーフのアレンジなんです」

代表的な文様を説明する堀口さん。パターンひとつひとつにいわれがあり、それを知ってうつわを選ぶのも、また一興。

堀口さんが手にしたのは代表的なカットパターンのひとつ、魚子紋(ななこもん)。

「魚のたまごみたいに見えるから魚子紋。
そもそも彫金にあった文様で、縁起がいいとされる魚のたまごのモチーフを
ガラスに置き換えたものがこれ」

あるいは六角籠目紋。邪気を払うとか幸せを籠むという意味があるが
これのネタ元と思われる籠目は、古くから様々な場面で使われてきた。

「籠目はもともと、竹編みの籠の編み目を図案化したものです。でもほら、ダビデの星にも見えませんか?」

精密に刻まれた縦、横、斜めのラインから生まれる緻密な文様。
その数は代表的なもので十数種。

職人たちはこれらの文様を自在に組み合わせ、無限のバリエーションを作りだすという。

この文様をスタートラインに、堀口さんは自分だけのスタイルを模索している。


後編へつづく。

SHOP INFORMATION

堀口切子
住所非公開
URL:http://www.kiriko.biz

SPECIAL FEATURE特別取材